弟子訓練に関する声明

2023年7月6日

はじめに

毎年、「弟子訓練」をテーマにした書籍が出版され、より大きな成功をもたらす新しい手法が提案されています。しかし、人々が「弟子訓練」や「成功」という言葉に何を求めているのかについては、大きな隔たりがあることが明らかです。提唱される手法はそのような理解から生まれるため、まず聖書が弟子訓練と成功について何を教えているのかを明らかにすることが重要です。

1. なぜ弟子を作るのか?

私たちにはキリストの命令(すべての国の人々を弟子とする)があり、また人々の永遠の運命という必要性もあります。しかし、弟子訓練の目標を考えることは、成功する弟子訓練を明確にする助けとなります。もし私たちの目標が、次に流行るメガチャーチになることであるならば、その成功は、多くの人を教会に招き入れ、とどまらせることでしょう。しかし聖書は、弟子訓練について異なるビジョンを提示しています。ヨハネの黙示録7章には、すべての国民、部族、民族、国語から、誰も数えきれないほどの群衆が御座の前に立ち、キリストを礼拝し、栄光を帰している姿が描かれています。テトス2章には、キリストが私たちをすべての不法から贖い、良い行いに熱心なご自身の民を清めるために、ご自身をささげられたことが記されています。人類の歴史における神の目標は、ご自身が救い、変えられた民の中で、御子の栄光を現すことです。これが、私たちが弟子を作る理由です。したがって、成功する弟子訓練とは、人がますますキリストを賛美し、礼拝し、崇め、個人の生活においてもキリストの栄光を現すように導くものです。

2. 弟子とは何か?

弟子とは「学ぶ者」です。他の学習者と異なるのは、彼らが教科を学ぶのではなく、「人格」を学ぶという点です。この場合、弟子とは「キリストを学ぶ者」です。それは変革をもたらす学びであり、多くの「アンラーニング(学びほぐし)」を伴います。私たちは、キリストを学ぶために(キリストのように考え、愛し、行動するために)、自分自身(思考パターン、習慣、態度など)を脱ぎ捨てる必要があります。したがって、成功する弟子訓練とは、パウロのように「もはや私が生きているのではなく、キリストが私のうちに生きておられるのです。今私が肉にあって生きているのは、私を愛し、私のためにご自身をささげられた神の御子に対する信仰によるのです」(ガラテヤ2:20)とますます言えるように人を導くものです。

3. どのように弟子を作るのか?

派手な照明や感情的な賛美、あるいは動機付けの講演に頼るのではなく、神は私たちにこの務めのために必要な根本的な道具を与えてくださいました。それは、神の言葉を通して働く神の御霊です(ヨハネ6:44、ルカ8:12、ヨハネ16:8、使徒11:18、ローマ10:13-17)。その結果、弟子訓練を成功させる(すなわち、キリストを崇め、人生を変革する)ためには、祈りと御霊への依存、そして何よりも忠実な御言葉の宣教(未信者への伝道であれ、信者の育成であれ)を活動の中心に置かなければなりません。

4. 誰が弟子を作るのか?

弟子訓練は限られた一部の人々(牧師や宣教師など)の仕事だと考えられがちですが、聖書は弟子訓練を教会全体の共同の目的として、さらには教会の存在そのものとして描いています(エペソ4:11-16)。パウロはこれを「愛をもって真理を語る」ことと説明しました。私たちは皆、自分自身が変革の学びの中にあるだけでなく、キリストの栄光のために他者の変革を助けるべく、互いに御言葉を宣べ伝える者となるのです。したがって、成功する弟子訓練とは、すべての教会員が祈りと奉仕の働きへと向かうように装備させ、励ますものです。

5. どこで弟子を作るのか?

弟子訓練は、人が教会の共同体の宣言された御言葉と忠実な祈りから切り離されるほどに妨げられます。しかし、神の御霊がキリストの御言葉を忠実に用いる場所であれば、どこででも起こり得ることです。これは日曜日だけに限ったことではありません。教会の共同体としても個人的にも行われるすべての活動の中に弟子訓練は流れています。素晴らしいのは、それが多様な形で行われることです(礼拝後のメッセージの分かち合い、信者や未信者とのコーヒー、悩んでいる兄弟姉妹の言葉に耳を傾け祈ることなど)。したがって、成功する弟子訓練は単なる学習プログラムに還元されるものではなく、教会の共同体の中に息づく文化であり、私たちが加わるべき営みなのです。

結び

結論として、弟子訓練とはイエス・キリストに従い、その栄光を現すことを目的とした変革的な学びです。これは、教会が(共同体として、また個人として)外部に対しても内部に対しても忠実に祈り、キリストの言葉を宣言することを通して、御霊が御言葉を用いて成し遂げられるものです。あなたは今、キリストを学んでいますか?また、あなたの教会の共同体において、他者がキリストを学ぶことを助ける働きに関わっていますか?